4すべてのノンデスクワーカーが、 挑戦し、報われる世界へ

それから5年後。松田は数年ぶりにフーズ・サプライの工場で野口と再会していた。

「久しぶりだね、松田さん」

野口の髪には白いものが混ざっていたが、出会った当初の頃のようなやつれた風合いはない。工場長として現場の管理を一手に引き受け、責任と余裕のある態度を身につけていた。

「うちも、いよいよロボットによる労働の完全代行を検討する時が来てね」

野口は工場の生産ラインを窓ガラスから眺めながら言った。

汎用人工知能がついに開発され、400年ぶりの産業革命だとずいぶん前から世間では騒がれていた。AIの技術は格段に進歩し、またロボティクスも発達したおかげで、サービス業や製造業の多くの部分でAIを搭載したロボットが活躍していた。JRの乗務員や、ホテルの清掃やフロントも皆ロボットだ。

「けど、私はずっと現場で働いてきているからな、つい人間の持つ判断力をロボットですべて代替できるのか?と疑ってしまうんだ」

現在も、危険な作業や難易度の高いラインなどはロボットが代わりに作業をしている。しかし、工場丸ごととなると、踏ん切りがつかないという野口の気持ちも分かった。
松田はよく分かる、と言うように頷いた。

「確かに、ここ数年のAIの進歩は目覚ましいです。この波に乗り遅れないことが、事業を成長させるカギとなるのは間違いありませんね」

しかし、と松田は続ける。

「現場のすべてをロボット化することで生産性が高まるとは言えません。私たちは人の持つソフトの力と、AIやロボットの持つ力を融合させたいんです」

この理念は来るべきロボット社会に向けて諸岡が打ち立てたものだった。「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」というカミナシの創業時からのビジョンに立ち返れば、諸岡たちがやるべきことは非常にシンプルだった。

「あくまでもロボットやAIはツールでしかありません。人間のソフトの力と、ロボットの労働力。その二つを融合させる。すなわち、これまで蓄積されてきたオペレーションの知見と、ハードの融合こそが日本の生産性を劇的に飛躍させるための秘訣です」

諸岡は政府の有識者会議の場でも、そう度々力説していた。AIは過去の事例の集積から物事を判断するのには強いが、イレギュラーな事態や前例のない事例にはまだまだ弱い。その部分を打開していくのが、長年の現場で培われてきた人間の勘やクリエイティビティである、と。

ロボットと人が融合したオペレーションの型を構築する。それが、カミナシの経営陣にとっての新たな挑戦だった。
この5年間、新しく取り組んできたのが、IoTやハードウェアの力で「現場の作業者」の働き方を変えることだった。ソフトウェアの力だけでは限界があった現場作業者の業務効率化も、今では随分進むようになった。

「カミナシがMr.Gembaの次のアップデートで加えるのは、仮想空間技術を活用して現場作業者がどこからでも自分の得意な作業に取り組めるという機能です」

松田は説明を始めた。

「今では医療の世界でリモートでのオンライン手術が当たり前になったように、製造業の現場の仕事も、仮想空間に展開されたデジタルツインに集積されたデータを基に分析し、VRグラスをかけた作業者が自宅でコントローラーを用いて作業を行い、実際の仕事はロボットが肩代わりするということが当たり前になります。野口さんは、工場に出勤する必要はありません。ご自宅はもちろん、アメリカでもブラジルでも世界中のどこからでも、現場の作業に参加することができます」

野口は自動車メーカーに勤める大学の同級生の事を思い出した。彼は企画職として、先週はサンフランシスコ、実家のある岡山県と、さまざまな場所での生活を楽しみながら働き続けている。

15年前から徐々に当たり前になったリモートワークだが、現場の仕事ではなかなか実現していなかった。しかし、松田の言うことが本当なら、これからはノンデスクワーカーでも、インターネット環境とVRグラスさえあればどこでも働ける時代になる。

「現場の作業はロボットに任せながらも、必要な判断は、野口さんたち現場の指揮者が好きな場所から瞬時にできる--それだけじゃありません。働く場所が関係ないと言うことは、人材の採用の幅が広がるということです。私たちは、この数年間ロボットと人の共同作業がもっとも素晴らしい現場を生み出すことを証明してきました。野口さんの工場でも、私の見立てだと今の2倍生産が可能になるはずです」
「本当かい…?」 「はい!」

――

それから1年後。

「松田さん、君の言った通りだったよ。カミナシはいつも僕たちの予想を超えてくるね」

そう語る野口がいるのは、サイバー空間上に構築されたフーズ・サプライのデジタルツイン工場だ。松田と野口はアバターとしてそこに立っている。

カミナシの新しいシステムを導入した結果、フーズ・サプライは過去最高益を叩き出した。

「まさかこんな日が僕の人生に来るなんてね。『現場の仕事はきつい・きたない』……そんな風に言われていた時代には、人生を満喫するなんて発想は一切出て来なかったよ」

本物の野口が現在いるのはスイスだ。現場に配属されてからは諦めていた大自然の中での暮らしを実現したいと家族全員で移住したらしい。この決断には松田も流石に驚かされた。現在は3つの工場を任されているが、Mr.Gembaの導入により管理が容易になったため、仕事の量は3分の1に減ったという。おかげで午後3時からは毎日サウナでくつろぎ、週に3日は趣味のアルペンスキーなど、余暇を存分に楽しんでいるそうだ。
野口の喜ぶ顔をVRグラス越しに眺めながら、松田も自分の頬がほころぶのを感じた。これこそが、10年以上前にカミナシに入社した時から変わらず、自分が見たいと思い続けてきたものだからだ。

この先、未来はどうなるか分からない。働く場から人が消え、人類は仕事をしなくても生きていける日が来るかもしれない。

世界の変化に従い、労働現場の在り方も変わっていく。時代のニーズに従うのか、それとも抗うのか。変化を幸せだと捉えるか、不幸だと捉えるか。

ただ一つ言えるのは、「働く」ことは人間にとっての生きがいであると言うことだ。その形が進化すれば、人間はさらに繁栄していく。明確な理由はないし、説明もできないが、生きがいとしての労働を、社会を支える生産現場を、カミナシはきっと時代の先端を走り抜けながら、アップデートしていく。それは、創業当時から変わらない。きっとこれからもそうだ。

工場のモーター音と、満足そうな野口の顔。その二つをすぐ目の前にし、

――この会社に入ってよかった。

自身に直感的に降り注いだ楽観的な未来予測と、人生に対する深い満足を体中に感じながら、松田は深く頷いた。

原案:諸岡裕人、河内佑介

作家/SFプロトタイパー:小野 美由紀

カミナシを、もっと深掘りしたい方へ。

Mission 5 Questions

ミッションをめぐる 5つのQ

「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」という言葉には、 どんな経緯や想いが詰まっているのでしょうか。 5つの問いを紐解きながらミッションを深掘りするコンテンツです。

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